生涯学習の部屋

資格取得数243。6つの修士と20の学士と2つの短期大学士。MBAサラリーマンの生きがい発見生涯学習奮闘記。

久しぶりに「仏教」を考える

フラ夫

最近、なかなか仏教の話をしていないような気がして・・・

日本仏教心理学会に入会しているのですが、2月15日にメールが来ており、恩師の講演録のことが書かれていました。

 

さて、「仏教心理学 ― 縁起的主体性で生きる」という総合テーマで、オンライン講座を浅草の厳念寺というお寺の主催で、今年の5月より月一回行いました。仏教と心理学の教えを導入し、一般の人々が、より幸せに生きられることを目指す講座でした。7回の講座は、このようなテーマでした。  

第1回 「仏教心理学 ― 縁起的主体性で生きる」の鳥瞰図 

第2回 「己を知る ― 自灯明・法灯明」

第3回 「自分らしく生きる ~劣等感や個性化と向き合う~」

第4回 「いやな変化への対応 ― 縁起とは変化すること」

第5回 「見方を転心する ― 主体性の根拠」

第6回 「繋がりの中で生きる我々 ― これこそ縁起」

第7回 「大いなるいのちと一体 ― 死の不安を超える」

1)上記の7回の講座の講演録は、どなたでも厳念寺のHPで無料でご覧なることができます。

 https://www.gonnenji.com/lecture-text-k4

 

正式な講演録を入手する段取りがつきましたので、HPの内容はチラッと見た程度なのですが、恩師らしい言葉が並んでいました。このブログでもよく出てくる「四法印」の説明は以下の通りとなっています。

1.一切皆苦(人生は凸凹道である)
2.諸法無我(人生は縁起である)
3.諸行無常(人生は無常である)
4.涅槃寂静(人生は根本的に良いものである) 

仏教的に考えれば、項番1~4の通りなのですが、反対の考え方をしてしまいます。そう、「人生はスムーズであるべき」「人生は私のものであるべき」「 人生はいつも同じであるべき」「人生はつまらないものである」といった感じ。

コロナの影響もあり、かなり、反対の考え方に拍車がかかっています。そもそも、凸凹道のはずの人生なのに、スムーズであるべきと考え、コロナのダメージを自分のものとして受け入れないとか、そもそも人生は無常にもかかわらず、人生はいつも同じであるべきで、コロナの悪影響を外部の責任だと責任転嫁するとか。想像を絶するような被害と言って自助努力を放棄する人も見受けられますが、そもそも、人生や世の中がずっと平穏無事に続くわけがない。仏教が始まる前から存在していた道理です。なら、人生凸凹道。この苦しいシナリオも、あってしかるべきということで受け入れ、最終的に人生は根本的に良いものであるという着地点にもっていかねばなりません。

我が恩師の言葉でいえば、仏教を一言でいうと、人生の「目覚め」の道と言っておられます。その目覚める対象が「人生の生き方の基本原理」であり、その基本原理こそが、先に述べた「四法印」なのです。このように、「四法印」は仏教の基本中の基本なので、このブログでも、何度も何度も、言い続けてきたわけです。

「人生はスムーズであるべき」とか「人生はいつも同じであるべき」という考え方は、A・エリスの言葉でいえば、イラショナルビリーフであり、恩師は、「人生はスムーズであるべきだ/人生は私のものであるべきだ/人生はいつも同じであるべきだ」という不健全な信念・考え方と言い切っています。

私も、「単身赴任なんかありえない」とか「名古屋のはずがない」とか「東京での生活が続く」とか考えていたことこそが「不健全な信念・考え方」であったわけです。そう思えるようになったので、少しはメンタル的に楽になったわけで。単身赴任生活のこと以外にも、このままであってほしいと思う日常はたくさんあります。でも、それは不健全な信念。なんせ、人生、凸凹道なのですから。ゆえに、仏教学研究科での学びを活かして、一切皆苦の人生を先に進めていければと思っております。

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